オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 42.日本帰国 [オランダ]
アムステルダム郊外・スキポール空港からようやく帰国です。
ここの空港は異常に広く、免税店も数が多いです。半分回るのがやっとでした。
私はここの免税店でゴディヴァのチョコレートを買いましたが、ここの免税価格と、ベルギーのブリュッセル直営店の通常価格(課税)が、ほぼ同じでした。どちらも日本よりは確実に安いですが。
搭乗口までも相当遠いので、時間の余裕をみておいた方がいいです。
セキュリティチェックは搭乗口手前でありました。コインとベルトで引っかかり、やり直しになったら、靴を脱がされました。成田では引っかからなかったので、ここは厳しいです。近くにいた外国人も“terrible”と言っていました。
飛行機の中では、日本人と席が隣になりました。パリからの乗り継ぎ客で、ツアーの人でした。関西のおばさんで、6泊8日だったそうです。労力を考えたら、ツアーは楽です。
日本上空、霞ヶ浦と北浦が見えてきました。
無事成田に到着です。お疲れ様でした。
ここの空港は異常に広く、免税店も数が多いです。半分回るのがやっとでした。
私はここの免税店でゴディヴァのチョコレートを買いましたが、ここの免税価格と、ベルギーのブリュッセル直営店の通常価格(課税)が、ほぼ同じでした。どちらも日本よりは確実に安いですが。
搭乗口までも相当遠いので、時間の余裕をみておいた方がいいです。
セキュリティチェックは搭乗口手前でありました。コインとベルトで引っかかり、やり直しになったら、靴を脱がされました。成田では引っかからなかったので、ここは厳しいです。近くにいた外国人も“terrible”と言っていました。
飛行機の中では、日本人と席が隣になりました。パリからの乗り継ぎ客で、ツアーの人でした。関西のおばさんで、6泊8日だったそうです。労力を考えたら、ツアーは楽です。
日本上空、霞ヶ浦と北浦が見えてきました。
無事成田に到着です。お疲れ様でした。
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オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 41.帰国直前に・・・ [オランダ]
アムステルダム中央駅から、電車で郊外のスキポール空港に向かいます。
ところが、時刻表に載っている列車が見当たりません。ホームに停まっている列車はスキポール空港には行かないと書いてあります。どういうことなのか、駅員に聞いてみると、次の駅で降りてバスに乗り換えるよう言われました。買った切符はこのままでよいとのこと。
ここ数日順調な旅だったのに、土壇場でまたしても想定外の展開!!!飛行機に間に合うのか?
次の駅に着くと、他の客もぞろぞろ降り始めました。その流れに乗ってバス乗り場へ行きましたが、案の定人でいっぱいで、3台目のバスにやっと乗れました。どういう事情でこうなったのかは、結局聞き取れませんでした。
バスは高速道路に入り、思いがけずオランダの高速道路を体験することとなりました。基本の制限速度は100kmで、所々80kmの規制がかかっています。料金は無料で、渋滞もしていません。昼でもライトを付けている車が意外とあります。
バスに乗り換えて20分程で、無事空港に着きました。
ところが、時刻表に載っている列車が見当たりません。ホームに停まっている列車はスキポール空港には行かないと書いてあります。どういうことなのか、駅員に聞いてみると、次の駅で降りてバスに乗り換えるよう言われました。買った切符はこのままでよいとのこと。
ここ数日順調な旅だったのに、土壇場でまたしても想定外の展開!!!飛行機に間に合うのか?
次の駅に着くと、他の客もぞろぞろ降り始めました。その流れに乗ってバス乗り場へ行きましたが、案の定人でいっぱいで、3台目のバスにやっと乗れました。どういう事情でこうなったのかは、結局聞き取れませんでした。
バスは高速道路に入り、思いがけずオランダの高速道路を体験することとなりました。基本の制限速度は100kmで、所々80kmの規制がかかっています。料金は無料で、渋滞もしていません。昼でもライトを付けている車が意外とあります。
バスに乗り換えて20分程で、無事空港に着きました。
オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 40.アムステルダムいろいろ [オランダ]
オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 39.ハウスボート・ミュージアム [オランダ]
歩いてハウスボート・ミュージアムへ向かいました。
途中の風景。
アムステルダムの運河には、係留されたボートで暮らしている人々がいます。ボート内部は住居の造りにきちんとなっていて、市に家賃代わりに係留料を収めて生活しています。そのボートを見学できるのが、このハウスボート・ミュージアムです。
ここはベッドのようです。
テーブルや家具類も色々あります。
ここは出入口です。
狭いので、すぐに見終わってしまいますが、珍しいものを見ることができました。日本語の案内も見せてもらえました。
おまけ。ボートハウスのすぐ近くの道端にあった公衆便所です。
途中の風景。
アムステルダムの運河には、係留されたボートで暮らしている人々がいます。ボート内部は住居の造りにきちんとなっていて、市に家賃代わりに係留料を収めて生活しています。そのボートを見学できるのが、このハウスボート・ミュージアムです。
ここはベッドのようです。
テーブルや家具類も色々あります。
ここは出入口です。
狭いので、すぐに見終わってしまいますが、珍しいものを見ることができました。日本語の案内も見せてもらえました。
おまけ。ボートハウスのすぐ近くの道端にあった公衆便所です。
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オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 38.国立美術館 [オランダ]
アムステルダムにある国立美術館へ行きました。1885年に開設された、オランダ最大の美術館です。
オランダを代表する画家というと、ゴッホ、フェルメール、レンブラントという感じになるようですが、フェルメールの絵は3枚所蔵されていました。しかしそのうちの1枚は、あるはずの場所に小さな掲示があり、英語を読むと、「現在東京の国立美術館に貸し出されている」と書かれています。
何ということか!!!見事にやられました。
レンブラントの絵は沢山ありました。中でも有名な「夜警」は衝撃でした。
とにかく巨大な作品で、1辺が5mくらいある感じでした。しかもその脇には警備員が常駐していました。たった一枚の作品のために警備員が一人ついているのです。驚きました。
国立美術館の背後は、公園(ミュージアム広場)が広がっています。
公園側から建物を見ると、こんな感じです。建築家の坂茂氏がプリツカー賞を受賞した時、ここで授賞式が行われました。
オランダを代表する画家というと、ゴッホ、フェルメール、レンブラントという感じになるようですが、フェルメールの絵は3枚所蔵されていました。しかしそのうちの1枚は、あるはずの場所に小さな掲示があり、英語を読むと、「現在東京の国立美術館に貸し出されている」と書かれています。
何ということか!!!見事にやられました。
レンブラントの絵は沢山ありました。中でも有名な「夜警」は衝撃でした。
とにかく巨大な作品で、1辺が5mくらいある感じでした。しかもその脇には警備員が常駐していました。たった一枚の作品のために警備員が一人ついているのです。驚きました。
国立美術館の背後は、公園(ミュージアム広場)が広がっています。
公園側から建物を見ると、こんな感じです。建築家の坂茂氏がプリツカー賞を受賞した時、ここで授賞式が行われました。
オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 37.宿で会ったブラジル人 [オランダ]
夜に宿へ戻ると、今度はブラジル人3人がいました。ブラジル人はあまり英語が話せないと思っていたら、彼らは英語を普通によくしゃべるので、少し話ができました。
私はブラジル音楽、特にボサノバに興味を持っていて、アントニオ・カルロス・ジョビンの名前を出したら、その名前がリオデジャネイロの国際空港に付けられている、というのは彼らも知っていました。しかし残念ながら、そのブラジル人はボサノバもサンバも好きではないらしく、普段はロックを聴くと言っていました。
日本にはブラジル人が多く住んでいる地域がいくつかあるということを話すと、彼らはnoisyではないかと聞かれました。日本に移住しているブラジル人達のことを、一段低く見ているような雰囲気を感じました。
その3人はバルセロナからオランダへ来て、この後はスコットランドへ行くと言っていました。バルセロナは危ない街という印象を持っていたので聞いてみたら、ブラジルの方が危ないという答えが返ってきました。
酒を飲みに行くので一緒にどうかと誘われましたが、旅先では私は殆どアルコールを飲まず、翌朝も早く動くつもりだったので、残念ではありましたが私は辞退しました。
私はブラジル音楽、特にボサノバに興味を持っていて、アントニオ・カルロス・ジョビンの名前を出したら、その名前がリオデジャネイロの国際空港に付けられている、というのは彼らも知っていました。しかし残念ながら、そのブラジル人はボサノバもサンバも好きではないらしく、普段はロックを聴くと言っていました。
日本にはブラジル人が多く住んでいる地域がいくつかあるということを話すと、彼らはnoisyではないかと聞かれました。日本に移住しているブラジル人達のことを、一段低く見ているような雰囲気を感じました。
その3人はバルセロナからオランダへ来て、この後はスコットランドへ行くと言っていました。バルセロナは危ない街という印象を持っていたので聞いてみたら、ブラジルの方が危ないという答えが返ってきました。
酒を飲みに行くので一緒にどうかと誘われましたが、旅先では私は殆どアルコールを飲まず、翌朝も早く動くつもりだったので、残念ではありましたが私は辞退しました。
オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 36.再びダム広場へ [オランダ]
オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 35.コーフ・ザーンデイク駅周辺 [オランダ]
ザーンセ・スカンスからコーフ・ザーンデイク駅に戻る途中の住宅街です。何となくアメリカに似た風景に見えました。郵便局もありました。
途中、風車博物館というのがありました。風車の模型が沢山展示されていて、のこぎりをひく風車もありました。受付の人が人懐っこくて、旅のことを色々と聞かれました。ベルギーに行ってきたことなどを話しました。
駅の脇を走る幹線道路です。スズキの車がちょうど通過しました。
駅に無事戻りました。
途中、風車博物館というのがありました。風車の模型が沢山展示されていて、のこぎりをひく風車もありました。受付の人が人懐っこくて、旅のことを色々と聞かれました。ベルギーに行ってきたことなどを話しました。
駅の脇を走る幹線道路です。スズキの車がちょうど通過しました。
駅に無事戻りました。
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オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 34.ザーンセ・スカンス 2 [オランダ]
ザーンセ・スカンスには、木靴の工房もあります。
こちらは商人の家。衣装の博物館になっています。中では民族衣装を着る様子がDVDで流されていましたが、他の人の助けを借りないととても一人では着ることのできない衣装でした。
こちらはコーヒー資料館。入場無料。
古い民家もあります。
のどかな田園風景です。
こちらは商人の家。衣装の博物館になっています。中では民族衣装を着る様子がDVDで流されていましたが、他の人の助けを借りないととても一人では着ることのできない衣装でした。
こちらはコーヒー資料館。入場無料。
古い民家もあります。
のどかな田園風景です。
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オランダ・ベルギー紀行 オランダ編 33.ザーンセ・スカンス 1 [オランダ]
アムステルダム近郊のザーンセ・スカンスへ行きました。長いので、2回に分けて書きます。
アムステルダム中央駅から各駅停車(Sprinter)で15分程、コーフ・ザーンデイクという駅で下車しました。
駅から15分程歩き、途中、住宅地を抜けて、川にかかる大きな橋を渡ると、対岸に風車がたくさん見えてきます。ここがザーンセ・スカンスです。オランダの伝統的な民家や風車が集められた区域です。
「猫の風車」という名の風車があるのですが、ここは現在も稼働していました。多分この風車だったと思うのですが。
風車の中も見ることができます。料金は当時2.5ユーロでしたが、窓口の人に日本語で「2.5」と言われました。外国でのちょっとした配慮、うれしいです。
風車の上から見た風景です。風車の背後に広大な牧草地が広がっています。羊やカモ、ニワトリなどがいました。
ここは観光バスで来る人が多いようで、私が行った時は、中国人観光客らしき団体がいました。家畜が餌をもらっていました。
アムステルダム中央駅から各駅停車(Sprinter)で15分程、コーフ・ザーンデイクという駅で下車しました。
駅から15分程歩き、途中、住宅地を抜けて、川にかかる大きな橋を渡ると、対岸に風車がたくさん見えてきます。ここがザーンセ・スカンスです。オランダの伝統的な民家や風車が集められた区域です。
「猫の風車」という名の風車があるのですが、ここは現在も稼働していました。多分この風車だったと思うのですが。
風車の中も見ることができます。料金は当時2.5ユーロでしたが、窓口の人に日本語で「2.5」と言われました。外国でのちょっとした配慮、うれしいです。
風車の上から見た風景です。風車の背後に広大な牧草地が広がっています。羊やカモ、ニワトリなどがいました。
ここは観光バスで来る人が多いようで、私が行った時は、中国人観光客らしき団体がいました。家畜が餌をもらっていました。
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