<世田谷歴史の旅> 7.松陰神社 [世田谷]
ここは幕末維新に大きな影響を与えた吉田松陰の墓がある神社です。吉田松陰は安政の大獄で処刑された後、この地に葬られました。
周辺の道路は非常に狭いですが、神社は割と大きいです。東急世田谷線の松陰神社前駅から徒歩5分程度です。
吉田松陰の銅像があったので写真を撮ったのですが、逆光で首から上が写りませんでした。決して元々ないわけではありません。
敷地の隅には、松下村塾をそっくりそのまま再現した小さな建物もあります。実際の松下村塾は山口県の萩に現存します。
周辺の道路は非常に狭いですが、神社は割と大きいです。東急世田谷線の松陰神社前駅から徒歩5分程度です。
吉田松陰の銅像があったので写真を撮ったのですが、逆光で首から上が写りませんでした。決して元々ないわけではありません。
敷地の隅には、松下村塾をそっくりそのまま再現した小さな建物もあります。実際の松下村塾は山口県の萩に現存します。
<世田谷歴史の旅> 6.世田谷代官屋敷 [世田谷]
<世田谷歴史の旅> 5.世田谷城址公園 [世田谷]
<世田谷歴史の旅> 4.豪徳寺 [世田谷]
<世田谷歴史の旅> 3.延命山勝光院 [世田谷]
東急世田谷線の宮の坂駅から歩いて5分程度のところにあります。1335年創建と伝えられていますので、相当古い歴史があります。
ここには吉良家の墓があります。ここの吉良家は三河の吉良家から14世紀後半に分かれたようですので、忠臣蔵で有名な吉良上野介の系統とは相当離れた遠戚という話になるかと思います。江戸時代は旗本としてこの地を領有していました。世田谷に吉良家があったとは、私も全く知りませんでした。
ここには吉良家の墓があります。ここの吉良家は三河の吉良家から14世紀後半に分かれたようですので、忠臣蔵で有名な吉良上野介の系統とは相当離れた遠戚という話になるかと思います。江戸時代は旗本としてこの地を領有していました。世田谷に吉良家があったとは、私も全く知りませんでした。
タグ:寺
<世田谷歴史の旅> 2.世田谷八幡宮 [世田谷]
東急世田谷線の宮の坂駅のすぐ近くにあります。源義家の頃からあったと伝えられていますので、かなり歴史の古い神社のようです。
神社の鳥居をくぐると右手に「厳島神社」というのがあります。神社の中にまた別の神社があるというのは、よくある話ではありますが。
また、敷地内には相撲の土俵もあります。ただ、土俵の周囲が木の枠がはめられていて、これでは土俵際で倒れ込んだ時に痛いだろうなと思います。
私が行った時は殆ど人を見かけませんでしたが、拝殿は結構立派です。初詣の時などはにぎわうのでしょうか。
神社の鳥居をくぐると右手に「厳島神社」というのがあります。神社の中にまた別の神社があるというのは、よくある話ではありますが。
また、敷地内には相撲の土俵もあります。ただ、土俵の周囲が木の枠がはめられていて、これでは土俵際で倒れ込んだ時に痛いだろうなと思います。
私が行った時は殆ど人を見かけませんでしたが、拝殿は結構立派です。初詣の時などはにぎわうのでしょうか。
タグ:神社
<世田谷歴史の旅> 1.東急世田谷線 [世田谷]
東京・世田谷区のど真ん中を走る、わずか10駅の短い鉄道です。京王線の下高井戸駅から、山下駅(小田急線の豪徳寺駅と接続)を経て、東急新玉川線の三軒茶屋駅を結んでいます。
車両は路面電車と同じサイズです。専用軌道を走っているので路面電車ではありませんが、都電荒川線と似たような雰囲気を感じます。
地元の人には失礼かも知れませんが、首都圏の交通網の中では異端的存在で、一見ローカル線っぽいイメージがあります。しかし実際は利用客も相当多いようで、通勤通学時間帯以外でも座れなかったりします。
写真は宮の坂駅です。車両の色は1色に決まっていないようで、赤や黄色などカラフルです。
宮の坂駅には、江ノ島電鉄の車両も展示されていました。この地に何故江ノ電の車両が?と思ったら、どうも元々この世田谷線で使っていた車両をその後江ノ電で走らせるようになり、引退してここに持ってきた、ということのようです。
車両は路面電車と同じサイズです。専用軌道を走っているので路面電車ではありませんが、都電荒川線と似たような雰囲気を感じます。
地元の人には失礼かも知れませんが、首都圏の交通網の中では異端的存在で、一見ローカル線っぽいイメージがあります。しかし実際は利用客も相当多いようで、通勤通学時間帯以外でも座れなかったりします。
写真は宮の坂駅です。車両の色は1色に決まっていないようで、赤や黄色などカラフルです。
宮の坂駅には、江ノ島電鉄の車両も展示されていました。この地に何故江ノ電の車両が?と思ったら、どうも元々この世田谷線で使っていた車両をその後江ノ電で走らせるようになり、引退してここに持ってきた、ということのようです。
タグ:鉄道